御恩と奉公

【労使対等】という言葉がある。

会社と従業員は対等という意味の人事などがよく使う耳触りの良い言葉だ。

だがしかし、サラリーマン生活12年にかけて言いたい。他の会社の中身知らないけど言いたい。

そんなことはありえない。断じてありえない。

どう考えたって使う側の会社の方が偉いに決まってる。

むしろ、会社の言うことを聞くのが仕事、という側面すらある。

それでもこちら側にも譲れないことはある。

その譲れないことを死守する為に『はい』を積み重ねる。20個の『はい』を積み重ねて、はじめて、『いいえ』が通るくらいの割合だろうか。この積み重ねが信頼となり、10対1になり5対1となっていくのだと思う。

それでもせいぜい3対1か2対1くらいがせいぜいなとこだろう。

 

いや、この話はどうでもいい。

ここからが本題

 

アイドルさんもよく『ファンの皆さんが応援してくれてるから私がいます。』と言う。

この言葉はきっと嘘ではないのだろう。本心なのだろう。でもこれもやっぱり、【ファン側の方が受け取るものが多い】と私は思う。

「推しメンに会いたいから頑張る」「推しメンも頑張ってるから自分も頑張る」、この要素の方が強いと思う。

オタクの間では度々『推すって何?』という事が議題に上がる。私の基本スタンスは「そんなに堅苦しく考えなくてよくない?」「好きならそれでいいんじゃん?」である。

ただ、推しメンが困ってるとき、苦しんでるときは話が少し異なる。

大切な人が困っていたら、助けてあげたい、救ってあげたい。多くの人がそう思うだろう。

しかし、何をしてあげられるのだろう?

逆に何が足枷になってしまうのだろう?

これがなかなか難しい。何でもしてあげたいけど何にもしてあげられない。『頑張れ』も『好き』も暴力になるかもしれない。

なにもしてあげられない。

元気な時に、かけてあげたい言葉はあるけれど、こういう時は何が正解なんだろう?

そんなことを思い悶々として過ごしている。

こんなこと考えてたのが杞憂だったねとなるくらいニコニコ戻ってきてくれるのを願っている。